2020年02月12日
それでいいのかとおもう、父の言い分
2020年02月11日の続きです。
昨日の日記を読んだ人の中には、そんなにもめるか?っておもう人もいることだと思いますが事実なんです。
しかもこの他にもこんなやりとりがあったんです。
父に『デイサービスセンターも利用者の送迎をすることで、そのぶん、収入があるんだからそのこともわかってあげないと』というと・・・
『こっちで連れて行けばお迎えの分は払わなくていいから、介護費用が安く済むからいいじゃないか』という話しが父からでたことがあったんです。
確かに父が言ってることも間違ってはいませんが、あまりにもわがまますぎないかっておもうことも・・・
別に介護事業者の味方をするわけじゃないんですが、本来、入るはずの送迎代が入らなくなるわけです。
ひとりにしたら年に数回のことでも、毎日何十人の人の送迎をするわけですから、1ヶ月単位で考えると大きな収入減に繋がるとおもうんです。
だから、前もって(前日だったり)連絡することは普通だとおもうんですが、父に言わせると、『遅くなったら、デイサービに連絡ができないじゃないか』っていう話しもあったんですが・・・
母がデイサービスセンターから家に帰ってくるときには、必ず家に誰かがいなといけないわけで・・・
母の場合、、送迎の時には、基本、父が出迎えることになるので、その時に打ち合わせが出来ないのかなっておもうんですよね。
ただ、デイサービスに行くその日に突発的なことが起きないとは限らないので、すべてにおいて急な予定変更がいけないとは言いませんが、自分の父を見ていて、利用者側も施設にたいして配慮していくことが必要ではないかと思い書かせていただきました。
昨日の日記を読んだ人の中には、そんなにもめるか?っておもう人もいることだと思いますが事実なんです。
しかもこの他にもこんなやりとりがあったんです。
父に『デイサービスセンターも利用者の送迎をすることで、そのぶん、収入があるんだからそのこともわかってあげないと』というと・・・
『こっちで連れて行けばお迎えの分は払わなくていいから、介護費用が安く済むからいいじゃないか』という話しが父からでたことがあったんです。
確かに父が言ってることも間違ってはいませんが、あまりにもわがまますぎないかっておもうことも・・・
別に介護事業者の味方をするわけじゃないんですが、本来、入るはずの送迎代が入らなくなるわけです。
ひとりにしたら年に数回のことでも、毎日何十人の人の送迎をするわけですから、1ヶ月単位で考えると大きな収入減に繋がるとおもうんです。
だから、前もって(前日だったり)連絡することは普通だとおもうんですが、父に言わせると、『遅くなったら、デイサービに連絡ができないじゃないか』っていう話しもあったんですが・・・
母がデイサービスセンターから家に帰ってくるときには、必ず家に誰かがいなといけないわけで・・・
母の場合、、送迎の時には、基本、父が出迎えることになるので、その時に打ち合わせが出来ないのかなっておもうんですよね。
ただ、デイサービスに行くその日に突発的なことが起きないとは限らないので、すべてにおいて急な予定変更がいけないとは言いませんが、自分の父を見ていて、利用者側も施設にたいして配慮していくことが必要ではないかと思い書かせていただきました。
2020年02月11日
デイサービスの送迎で父とひともめ
母がデイサービスに通っていた時のことです。
通常はデイサービスからお迎えの車が来て、その車に乗って行くことになっているんですが・・・
ただ、当時、父もまだ会社経営をしてしたので、お迎えの車をまっていると工場に行くのが遅くなるということで、父が車で連れて行くことがあるんですが、このことで父と何度喧嘩をしたことか・・・
ここまでの話しだと、『せっかく、お父さんが連れていってるのに何がいけないの』っておもう人もいるでしょうね。
そこで今日は、どういう理由で父ともめたのかということを少し書きたいと思います。
実は、父が直接お母をディサービスセンターに送って行く場合、ほとんど、前日に連絡しなくて当日の朝、連れて行くことが多いんです。
しかも、当日の朝になっても連絡をせずに送って行くこともしばしば・・・
すると、センター側にすれば、いつもまわっているコースからひとり外れるので、後の迎えに行く時間がずれるなど予定がくるってくるので『せめて送って行く前日の夕方には連絡をしないといけないのに』っていう話しを何度もしていたんですが、聞く耳持たずで毎回喧嘩に・・・
しかも、デイサービスセンターと言ってはいますが、一般の会社で考えてみると、出社してからしばらくの時間は掃除やら朝礼やらでばたばたしている時間帯じゃないですか。
デイサービスセンターも、その日の担当職員が出勤して、その日の打ち合わせをしたり、お迎えに行く準備をしている忙しい時間帯に母を連れて行ってるってことになるわけで・・・
こういうことを書いていると、読んでる皆さんからすれば、親父の悪口を書いてるだけじゃんかって思われるかもしれませんが、このご時世、お店がお客に対して何か言ったたものなら、、すぐにネットなどで叩かれる時代なので、お店側は何も言えない・・・
介護の世界も私が見ていて、利用者の立場が強いと感がじることが多くあるので、介護職員さんたちの大変さをわかってほしいとおもい、経験談を踏まえていろいろ書かせてもらっているということでご理解いただければ幸いです。
通常はデイサービスからお迎えの車が来て、その車に乗って行くことになっているんですが・・・
ただ、当時、父もまだ会社経営をしてしたので、お迎えの車をまっていると工場に行くのが遅くなるということで、父が車で連れて行くことがあるんですが、このことで父と何度喧嘩をしたことか・・・
ここまでの話しだと、『せっかく、お父さんが連れていってるのに何がいけないの』っておもう人もいるでしょうね。
そこで今日は、どういう理由で父ともめたのかということを少し書きたいと思います。
実は、父が直接お母をディサービスセンターに送って行く場合、ほとんど、前日に連絡しなくて当日の朝、連れて行くことが多いんです。
しかも、当日の朝になっても連絡をせずに送って行くこともしばしば・・・
すると、センター側にすれば、いつもまわっているコースからひとり外れるので、後の迎えに行く時間がずれるなど予定がくるってくるので『せめて送って行く前日の夕方には連絡をしないといけないのに』っていう話しを何度もしていたんですが、聞く耳持たずで毎回喧嘩に・・・
しかも、デイサービスセンターと言ってはいますが、一般の会社で考えてみると、出社してからしばらくの時間は掃除やら朝礼やらでばたばたしている時間帯じゃないですか。
デイサービスセンターも、その日の担当職員が出勤して、その日の打ち合わせをしたり、お迎えに行く準備をしている忙しい時間帯に母を連れて行ってるってことになるわけで・・・
こういうことを書いていると、読んでる皆さんからすれば、親父の悪口を書いてるだけじゃんかって思われるかもしれませんが、このご時世、お店がお客に対して何か言ったたものなら、、すぐにネットなどで叩かれる時代なので、お店側は何も言えない・・・
介護の世界も私が見ていて、利用者の立場が強いと感がじることが多くあるので、介護職員さんたちの大変さをわかってほしいとおもい、経験談を踏まえていろいろ書かせてもらっているということでご理解いただければ幸いです。
2020年01月24日
利用者の立場と施設側の立場
母の認知症について、いまとなっては、『あんなこともしてあげたかった』とか『こんなこともしてあげたかった』とおもいだしながら日記を書かせてもらっていますが、けしていいことばかりではないのですが・・・
読んでもらっている皆さんに嫌なおもいをしてもらわないように、いいことばかり書こうという気持ちでいました。
でも、母について嫁さんといろいろ話をしていくと・・・
嫁さんが『いいことばかりじゃなかったでしょ。』と言いだしたんです。
たしかに、母の介護をしていく中で、楽しいことばかりじゃなく大変なことも沢山ありましたね。
とくに、父とは・・・
母の介護に関しては、私は近所に住んでいるとはいえ、多くの時間、母の介護をしていたのは一緒に住んでいた父でした。
父の言っていることもわからないわけじゃないけれど、利用者家族の立場と、各施設の職員さんたちの立場を第三者的立場で見ていくと、『ちょっと理不尽じゃないか』っておもうこともいっぱいあり、意見の食い違いでけんかになったことも・・・
しかも、父の言っていることは無茶だろうとおもっている事でも、利用者側の方が立場が強くなってしまうので、各施設の職員さんにいっぱいご迷惑をおかけしたことだと思います。
嫁さんと話しをしていくうちに、私たちの経験を皆さんにお伝えすることで、これから各施設を利用されるときの参考になればと思い、父とのやりとりを新たなカテゴリーに加えることにしました。
ただ、読んでいる方にすると、『実際、介護したのはお父さんで、あんたはほとんどしてないでしょう』っていう方もいると思います。
確かにそうなんですが、上記もしましたが、利用者の家族の立場でものを考えると、どうしても利用者側に有利な話しになってしまいがちですよね。
しかし、自分が介護職員だったらどうなんだろうっていう考えると、『このくらい言いたいけれど、やっぱやめとこうかな』っていう気持ちにもなれるとおもうんです。
父と介護施設側のやり取りを見ていると、我慢することが多いのは、介護施設側だとかんじたことが何回となくあったんです。
それって、利用者の家族だから感じられたことでもあるとおもうんですね。
いろんな人の立場になっていろんなことを書いていこうと思っているので、皆さんもいろんな人の立場になって考えていただけると嬉しくおもっています。
読んでもらっている皆さんに嫌なおもいをしてもらわないように、いいことばかり書こうという気持ちでいました。
でも、母について嫁さんといろいろ話をしていくと・・・
嫁さんが『いいことばかりじゃなかったでしょ。』と言いだしたんです。
たしかに、母の介護をしていく中で、楽しいことばかりじゃなく大変なことも沢山ありましたね。
とくに、父とは・・・
母の介護に関しては、私は近所に住んでいるとはいえ、多くの時間、母の介護をしていたのは一緒に住んでいた父でした。
父の言っていることもわからないわけじゃないけれど、利用者家族の立場と、各施設の職員さんたちの立場を第三者的立場で見ていくと、『ちょっと理不尽じゃないか』っておもうこともいっぱいあり、意見の食い違いでけんかになったことも・・・
しかも、父の言っていることは無茶だろうとおもっている事でも、利用者側の方が立場が強くなってしまうので、各施設の職員さんにいっぱいご迷惑をおかけしたことだと思います。
嫁さんと話しをしていくうちに、私たちの経験を皆さんにお伝えすることで、これから各施設を利用されるときの参考になればと思い、父とのやりとりを新たなカテゴリーに加えることにしました。
ただ、読んでいる方にすると、『実際、介護したのはお父さんで、あんたはほとんどしてないでしょう』っていう方もいると思います。
確かにそうなんですが、上記もしましたが、利用者の家族の立場でものを考えると、どうしても利用者側に有利な話しになってしまいがちですよね。
しかし、自分が介護職員だったらどうなんだろうっていう考えると、『このくらい言いたいけれど、やっぱやめとこうかな』っていう気持ちにもなれるとおもうんです。
父と介護施設側のやり取りを見ていると、我慢することが多いのは、介護施設側だとかんじたことが何回となくあったんです。
それって、利用者の家族だから感じられたことでもあるとおもうんですね。
いろんな人の立場になっていろんなことを書いていこうと思っているので、皆さんもいろんな人の立場になって考えていただけると嬉しくおもっています。
2020年01月23日
経験して気づく、要介護者への食事介助
昨日の日記にも書きましたが、私が母におやつを食べさせるようになって思ったことは、ひとりの職員さんが何人もの利用者さんに交互に食事をさせているのは凄いなーって思ったのは勿論ですが・・・
介護士さんたちは、毎日、危険な仕事をしているんだと感じたんです。
というものは、認知症と言っても受け答えができているときなら、『大丈夫』とか『少しはやいかな』ってやり取りができるので、話したり、顔色をうかがったりしがら食事をさせることも出来るとおもうんですが・・・
母のように意思表示が出きない状態だと・・・
どこまでやっていいのかっていう、さじ加減が大変だとおもったのです。
現に、私も母におやつをたべさせながら、毎回、『喉につまらないかな』とか『大丈夫かな』っていう不安の中でたべさせていたことをおもい出します。
こういうことを書くと、あなたは素人で職員さんは何年、何十年と経験を積んでいるから大丈夫っていう人もいるかとおもうんですが・・・
表現できないっていうのは、経験があってもわからないことだってあるとおもうんですね。
例えになるかわかんないんですが、家族にご飯をつくって無言で食べていられたらどうでしょう?
美味しいのか、おいしくないのか不安になりませんか?
例えとして成り立つかわかんないんですが、会話も出来ない、表情も変わらなかったら、どう考えているんだろってわからないこともあるとおもうんです。
そうおもうと、介護士さんたちって凄いなーって思います。
介護士さんたちは、毎日、危険な仕事をしているんだと感じたんです。
というものは、認知症と言っても受け答えができているときなら、『大丈夫』とか『少しはやいかな』ってやり取りができるので、話したり、顔色をうかがったりしがら食事をさせることも出来るとおもうんですが・・・
母のように意思表示が出きない状態だと・・・
どこまでやっていいのかっていう、さじ加減が大変だとおもったのです。
現に、私も母におやつをたべさせながら、毎回、『喉につまらないかな』とか『大丈夫かな』っていう不安の中でたべさせていたことをおもい出します。
こういうことを書くと、あなたは素人で職員さんは何年、何十年と経験を積んでいるから大丈夫っていう人もいるかとおもうんですが・・・
表現できないっていうのは、経験があってもわからないことだってあるとおもうんですね。
例えになるかわかんないんですが、家族にご飯をつくって無言で食べていられたらどうでしょう?
美味しいのか、おいしくないのか不安になりませんか?
例えとして成り立つかわかんないんですが、会話も出来ない、表情も変わらなかったら、どう考えているんだろってわからないこともあるとおもうんです。
そうおもうと、介護士さんたちって凄いなーって思います。
2020年01月22日
母におやつを食べさせて思ったこと
ショートスティに何回か行きながら、母におやつを食べさせてあげられたらと思ってはいたんですが、なかなか怖くてできず・・・
職員さんたちが母におやつを食べさせている様子を見て、『なるほど、こんな感じでやっているのか』とおもいながら観察すること数回。
『食べさせてみます』って言ってくれたので、大丈夫かな?と思いながらもチャレンジ・・・
先日も書いたんですが、口が開かなくなったら頬っぺたをトントンすると開くっていう技も見て知っていたので、マネてやってみると・・・
見事に口をあけて、パクッてするし・・・
慣れないこともあり、おやつなのに全部食べてもらうまでに30分くらいかかったような気がしますが・・・
母におやつを食べさせながら思ったことは・・・
私の場合は、母ひとりに付きっきりで食べさせられるんですが・・・
母のように自力で食べられないひとたちがたくさんいるわけで・・・
私のようにひとりの利用者さんにひとりの職員さんがつくなんていうわけにはいかないことを考えると・・・
改めて大変な仕事なんだなーって、思いましたね。
職員さんたちが母におやつを食べさせている様子を見て、『なるほど、こんな感じでやっているのか』とおもいながら観察すること数回。
『食べさせてみます』って言ってくれたので、大丈夫かな?と思いながらもチャレンジ・・・
先日も書いたんですが、口が開かなくなったら頬っぺたをトントンすると開くっていう技も見て知っていたので、マネてやってみると・・・
見事に口をあけて、パクッてするし・・・
慣れないこともあり、おやつなのに全部食べてもらうまでに30分くらいかかったような気がしますが・・・
母におやつを食べさせながら思ったことは・・・
私の場合は、母ひとりに付きっきりで食べさせられるんですが・・・
母のように自力で食べられないひとたちがたくさんいるわけで・・・
私のようにひとりの利用者さんにひとりの職員さんがつくなんていうわけにはいかないことを考えると・・・
改めて大変な仕事なんだなーって、思いましたね。
2020年01月21日
何もしてあげられず・・・
2020年01月18日に書いた続きになります。
食事やおやつの時に口をあけてくれない場合、頬っぺたをトントンすると口をあけて食べてくれるという話しを書きましたが、その続きです。
おやつや食事の時には助かるんですが・・・
実は、母のところに面会に行ったときに、『お母さん元気』って言って、スキンシップの意味で頬っぺたをトントンしても口をあけてしまうんです。
しかも、何か食べさせてくれるのかとおもって嬉しそうに口をあけるんですよ・・・
気持ちはわかるんですが、やたらに食べさせるわけにはいかないので、なにもしてあげられず・・・
『まだ時間じゃないからないよ』って言ってもわかってもらえるはずもなし・・・
どうしたらいいかとおもっている間も、何度か口をあけたり閉じたりしている母・・・
そのうちに貰えないってわかるのか、凄い顔して怒っていることがあるんですね。
そんな顔を見ながら『かあちゃん、ごめんね』っていうしかないのは辛かったですね。
食事やおやつの時に口をあけてくれない場合、頬っぺたをトントンすると口をあけて食べてくれるという話しを書きましたが、その続きです。
おやつや食事の時には助かるんですが・・・
実は、母のところに面会に行ったときに、『お母さん元気』って言って、スキンシップの意味で頬っぺたをトントンしても口をあけてしまうんです。
しかも、何か食べさせてくれるのかとおもって嬉しそうに口をあけるんですよ・・・
気持ちはわかるんですが、やたらに食べさせるわけにはいかないので、なにもしてあげられず・・・
『まだ時間じゃないからないよ』って言ってもわかってもらえるはずもなし・・・
どうしたらいいかとおもっている間も、何度か口をあけたり閉じたりしている母・・・
そのうちに貰えないってわかるのか、凄い顔して怒っていることがあるんですね。
そんな顔を見ながら『かあちゃん、ごめんね』っていうしかないのは辛かったですね。
2020年01月18日
母が食べない時のおまじない
昨日の日記に『息子には反応しないのに、食べ物になると反応してしまう』という内容のことを少し書きましたが、その続きです。
ショートスティでお世話になっている間、会話はままならなかったけれど、それでも少しは反応していたころのことです。
おやつやご飯を食べるとき、、口元にスプーンなどをもっていくと自然に口を開けてくれるので、そのあいた口にスプーンを入れるとパクッとしてくれるんですが・・・
ただ、認知症なりに食事なんだってわかっていても、時々、回線が途切れてしまうんでしょうか・・・
食事をしていることを忘れてしまったり、口を開けないと食べられないっていうことが考えられなくなって口元に持っていっても口を開けてくれないことがあるとのこと。。
こうなると、当然、食事をすることが出来なくなるわけで・・・
だけど、無理やり口に押し込むっていうわけにもいかないし・・・
だからと言って、食べてくれるまで待つっていうわけにもいかないし・・・
じゃあ、どうするかっていう話しになるんですが・・・
そこが百戦錬磨の介護さん。
食べてもらえるようになるにはどうするればいいかっていう引き出しはいっぱい持っているはずなので、いくつも出していったんでしょうね。
そのなかで母に有効だったのが、口が開かなくなった時に頬っぺたをトントンする方法だったようです。
こんな話しを書くと、『そんな~』っておもうひといるんでしょうね。
実は、母におやつを食べさせてるときに、いきなり食べなくなったことがあり、『お母さん、おやつだよ』と言っても、ガンとして口を開けず・・・
困っていたら、職員さんが『頬っぺたをトントンしてごらん』ていってくれたので、頬っぺたをトントンすると・・・
おまじないにでもかかったように、口を大きくあいてくれるんですよ。
おもわず『すげー』って関心しちゃいました。
他にもいろんな方法を使ったりしていましたが、この頬っぺたトントンはかなり有効でしたね。
私にすれば母ひとりなんですが、職員さんにすると、何人もの利用者さんのひとりひとりの個性や癖も観ながら接していかなければならないし、利用者さんが楽しい生活を送っていけるように努力をしているのを見て、感動するばかりでした。
ショートスティでお世話になっている間、会話はままならなかったけれど、それでも少しは反応していたころのことです。
おやつやご飯を食べるとき、、口元にスプーンなどをもっていくと自然に口を開けてくれるので、そのあいた口にスプーンを入れるとパクッとしてくれるんですが・・・
ただ、認知症なりに食事なんだってわかっていても、時々、回線が途切れてしまうんでしょうか・・・
食事をしていることを忘れてしまったり、口を開けないと食べられないっていうことが考えられなくなって口元に持っていっても口を開けてくれないことがあるとのこと。。
こうなると、当然、食事をすることが出来なくなるわけで・・・
だけど、無理やり口に押し込むっていうわけにもいかないし・・・
だからと言って、食べてくれるまで待つっていうわけにもいかないし・・・
じゃあ、どうするかっていう話しになるんですが・・・
そこが百戦錬磨の介護さん。
食べてもらえるようになるにはどうするればいいかっていう引き出しはいっぱい持っているはずなので、いくつも出していったんでしょうね。
そのなかで母に有効だったのが、口が開かなくなった時に頬っぺたをトントンする方法だったようです。
こんな話しを書くと、『そんな~』っておもうひといるんでしょうね。
実は、母におやつを食べさせてるときに、いきなり食べなくなったことがあり、『お母さん、おやつだよ』と言っても、ガンとして口を開けず・・・
困っていたら、職員さんが『頬っぺたをトントンしてごらん』ていってくれたので、頬っぺたをトントンすると・・・
おまじないにでもかかったように、口を大きくあいてくれるんですよ。
おもわず『すげー』って関心しちゃいました。
他にもいろんな方法を使ったりしていましたが、この頬っぺたトントンはかなり有効でしたね。
私にすれば母ひとりなんですが、職員さんにすると、何人もの利用者さんのひとりひとりの個性や癖も観ながら接していかなければならないし、利用者さんが楽しい生活を送っていけるように努力をしているのを見て、感動するばかりでした。
2020年01月17日
認知症の母 息子より食い気・・・
デイサービスは日帰りなので、施設のほうに母の顔を見に行くなんていうことはなかったんですが、ショッートスティの場合は、何日間か宿泊をするので、その間に面会に行って顔を見ることができるわけで、時々、顔を見に行ったりしていました。
ショートスティを利用しはじめたことは、話しをすると、うなずいたり笑ったりいろんな表情をしてたんですが、認知症がひどくなってくると・・・
話しかけても、ボーっと違う方向を見ていたり無反応なこともいっぱいあったので、行くのが辛くて、短時間で帰ってくることも多かったんですが・・・
ある日、長居をしていたら3時のおやつの時間に・・・
職員さんが、『3時のおやつですよ』って、母に声をかけると・・・
いままで不愛想だった母の表情が変わったんですよね。
そのうえ、母の前におやつが運ばれてくるとソワソワしだすし・・・
職員さんが『お母さんに食べさせてみる』っていってくれたけれど、さすがに怖くて辞退。
おいしそうな顔をしながら食べている母を見て『食べている間は元気な証拠だ』とおもいながら帰ってきたことを覚えているんですが・・・
息子が話しかけても知らん顔していのに、食べるものが目の前に出てきたら嬉しそうな顔をしていた母を想い出すと、あきれるっていうより、笑っちゃうほうが先で・・・
文字で書くと、この程度の話しになってしまうんですが、食べ物だけはわかるんかい。って思わずツッコミを入れたくなるほどでした。
その後、何回か職員さんたちが食べさせているのを見て様子がわかってきたので、私も母におやつを食べさせるようになったんですが、これがまた面白くて・・・
続けて書くには長くなるので、次の日記に書こうと思います。
ショートスティを利用しはじめたことは、話しをすると、うなずいたり笑ったりいろんな表情をしてたんですが、認知症がひどくなってくると・・・
話しかけても、ボーっと違う方向を見ていたり無反応なこともいっぱいあったので、行くのが辛くて、短時間で帰ってくることも多かったんですが・・・
ある日、長居をしていたら3時のおやつの時間に・・・
職員さんが、『3時のおやつですよ』って、母に声をかけると・・・
いままで不愛想だった母の表情が変わったんですよね。
そのうえ、母の前におやつが運ばれてくるとソワソワしだすし・・・
職員さんが『お母さんに食べさせてみる』っていってくれたけれど、さすがに怖くて辞退。
おいしそうな顔をしながら食べている母を見て『食べている間は元気な証拠だ』とおもいながら帰ってきたことを覚えているんですが・・・
息子が話しかけても知らん顔していのに、食べるものが目の前に出てきたら嬉しそうな顔をしていた母を想い出すと、あきれるっていうより、笑っちゃうほうが先で・・・
文字で書くと、この程度の話しになってしまうんですが、食べ物だけはわかるんかい。って思わずツッコミを入れたくなるほどでした。
その後、何回か職員さんたちが食べさせているのを見て様子がわかってきたので、私も母におやつを食べさせるようになったんですが、これがまた面白くて・・・
続けて書くには長くなるので、次の日記に書こうと思います。
2020年01月16日
母の楽しみのひとつだったのかも?
おもいついたことを書いているので、時系列がばらばらになってすいません。
今日の話しは、ショートスティの時の話しです。
この頃になると、こちらから話しかけてもまったく違う方向を向いていたり、会話もままならなくなってきました。
はじめの頃は、ショートスティの送迎は父がやっていて、父から聞いた話しなんですが・・・
どうも、お気に入りの職員さんがいたみたいなんです。
ただ、母に『本当なの?』って聞いてもこたえられないし・・・
父の話しだと信憑性も薄いんですが・・・
私が母のところに面会にいったときに、職員さんから『お母さん、◎◎さんがいると機嫌がよくて』って言われたことが何度かあったので、まんざら勘違いな話しじゃないなっておもうようになったんですが・・・
でも、不思議ですよね。
母が認知症と言ってしまえば仕方ないことなんですが、話しをしても表情が変わることもないし・・・
頬っぺたや手を触っても反応がなかったりすると、本当なのかなっておもってしまうことがあるんですが・・・
確かに認知症の人にも感情があるっていうのはいろんなことで聞いて知ってはいるんですが、職員さんたちから見てもわかるほど変化するっていうのは凄いことですよね。
母がどういう気持ちだったのか聞いてみたいんですが聞くこともできず・・・
ただ、母が楽しみながら通ってくれたことはよかったと、いまでもおもいます。
今日の話しは、ショートスティの時の話しです。
この頃になると、こちらから話しかけてもまったく違う方向を向いていたり、会話もままならなくなってきました。
はじめの頃は、ショートスティの送迎は父がやっていて、父から聞いた話しなんですが・・・
どうも、お気に入りの職員さんがいたみたいなんです。
ただ、母に『本当なの?』って聞いてもこたえられないし・・・
父の話しだと信憑性も薄いんですが・・・
私が母のところに面会にいったときに、職員さんから『お母さん、◎◎さんがいると機嫌がよくて』って言われたことが何度かあったので、まんざら勘違いな話しじゃないなっておもうようになったんですが・・・
でも、不思議ですよね。
母が認知症と言ってしまえば仕方ないことなんですが、話しをしても表情が変わることもないし・・・
頬っぺたや手を触っても反応がなかったりすると、本当なのかなっておもってしまうことがあるんですが・・・
確かに認知症の人にも感情があるっていうのはいろんなことで聞いて知ってはいるんですが、職員さんたちから見てもわかるほど変化するっていうのは凄いことですよね。
母がどういう気持ちだったのか聞いてみたいんですが聞くこともできず・・・
ただ、母が楽しみながら通ってくれたことはよかったと、いまでもおもいます。