2020年07月26日
元気だけど、どこで線引きをするか
蛭子さんの認知症について書かせてもらいましたが、もう少しかかせていただきます。
今回の蛭子さんの場合・・・
それまでも物忘れがひどかったそうなんですが、病院での検査では簡単な計算ができなかったり・・・
「洗濯カゴの中の衣類を見て私が倒れていると思って叫んだりする」という検査に付き添った奥さんの話しなどから・・・
妄想や幻視といった精神症状が起こる可能性があるレビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症と診断されたようですが・・・
蛭子さんは「(仕事を)できなくなったらしょうがないけど、できる間はずっと続けていきたい」とコメントしたとのこと。
言い方が悪いかもしれませんが、認知症の診断がでたとはいえ、生活するうえではほとんど自分でできるわけですからいまは大丈夫。
出来ることは、蛭子さん本人にどんどんやってもらう世にしていいと思いますが・・・
いつかは、自分でできなくなることが多くなっていくとおもうので、そうなったら、人の手を借りる生活に変えていけばいいとおもうんですが・・・
実は、その生活習慣をいつ変えていくかって言うのを、母を見ていてどれだけ難しいとおもったことか。
蛭子さんの場合は、かなり早期の段階で認知症だとわかったことはよかったとおもうのですが・・・
ただ、これから大変なのは、なにをどこまで自由にさせていいのか、どこまで制限していいのかっていうのを決めるタイミングが難しいとおもいますね。
だけど、あまり考えすぎちゃうと疲れてしまうので、あまり考えすぎず、気負わず、寄り添っていてあげてほしいと思うけれど、母の時のことを考えたら気負わずって言うのは大変かな・・・
今回の蛭子さんの場合・・・
それまでも物忘れがひどかったそうなんですが、病院での検査では簡単な計算ができなかったり・・・
「洗濯カゴの中の衣類を見て私が倒れていると思って叫んだりする」という検査に付き添った奥さんの話しなどから・・・
妄想や幻視といった精神症状が起こる可能性があるレビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症と診断されたようですが・・・
蛭子さんは「(仕事を)できなくなったらしょうがないけど、できる間はずっと続けていきたい」とコメントしたとのこと。
言い方が悪いかもしれませんが、認知症の診断がでたとはいえ、生活するうえではほとんど自分でできるわけですからいまは大丈夫。
出来ることは、蛭子さん本人にどんどんやってもらう世にしていいと思いますが・・・
いつかは、自分でできなくなることが多くなっていくとおもうので、そうなったら、人の手を借りる生活に変えていけばいいとおもうんですが・・・
実は、その生活習慣をいつ変えていくかって言うのを、母を見ていてどれだけ難しいとおもったことか。
蛭子さんの場合は、かなり早期の段階で認知症だとわかったことはよかったとおもうのですが・・・
ただ、これから大変なのは、なにをどこまで自由にさせていいのか、どこまで制限していいのかっていうのを決めるタイミングが難しいとおもいますね。
だけど、あまり考えすぎちゃうと疲れてしまうので、あまり考えすぎず、気負わず、寄り添っていてあげてほしいと思うけれど、母の時のことを考えたら気負わずって言うのは大変かな・・・
2020年07月25日
蛭子能収さんが認知症・・・
蛭子能収さんが2020/7/9日放送のテレビ東京系「主治医が見つかる診療所2時間スペシャル」に出演し、認知症治療の専門病院を受診して検査や奥さんの話し等を聞いた結果・・・
レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症と診断された。というニュースが出ていて、この件に関して日記を書きたかったのですが、どうかこうかと悩んだすえにひとまず保留。
テレ東で2019/12/25日放送済みの「太川蛭子のバス旅2019最終回」(1泊2日、郡山から銀山温泉まで)という番組を2020/07/25日にNBS長野放送でやっていたのをたまたま観ていたので、その時の蛭子さんの行動や言動をみての感想を少し書こうと思います。
ということで、蛭子さんが認知症であるという前提でバス旅を観ていると、『やっぱり認知症が絡んでいるのか』って思いながら観ていましたが・・・
認知症だってわからなければ『毎回、何をぼけたこと言ってるんだよ』とか『太川さんの話しをちゃんと聞けよ』っていう気持ちで観ていたと思います。
ただ、母はどうだったんだろって思いだすと、まさに今日のバス旅の番組の蛭子さんにそっくり。
蛭子さんの場合、たまたま番組の企画で認知症ってわかってよかったとおもいますが・・・
認知症の母を観ていた経験者からすると、蛭子さんが認知症だからおかしなことを言っているとおもうこともなく、ギャグでやってるのかくらいの気持ちで観ていたので、今日も観ながら、認知症せい?それとも老人ボケ?のどっちなのって何回おもったことか。
お医者さんなんかに言わせると、もっと早く治療すれば進行が遅くなったのにって言われることがあるという話しを聞くことがあるんですが、初期って見つけるの本当に大変だと私は思います。
(注)
『主治医が見つかる診療所』と『「太川蛭子のバス旅2019』の収録日に誤差が生じていることと、母と蛭子さんの認知症の原因が違うことや、認知症の進行度も人によって異なるので一概に比較することはできませんが、認知症の家族をみてきた者のひとつの考えとして聞いていただければ幸いです。
レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症と診断された。というニュースが出ていて、この件に関して日記を書きたかったのですが、どうかこうかと悩んだすえにひとまず保留。
テレ東で2019/12/25日放送済みの「太川蛭子のバス旅2019最終回」(1泊2日、郡山から銀山温泉まで)という番組を2020/07/25日にNBS長野放送でやっていたのをたまたま観ていたので、その時の蛭子さんの行動や言動をみての感想を少し書こうと思います。
ということで、蛭子さんが認知症であるという前提でバス旅を観ていると、『やっぱり認知症が絡んでいるのか』って思いながら観ていましたが・・・
認知症だってわからなければ『毎回、何をぼけたこと言ってるんだよ』とか『太川さんの話しをちゃんと聞けよ』っていう気持ちで観ていたと思います。
ただ、母はどうだったんだろって思いだすと、まさに今日のバス旅の番組の蛭子さんにそっくり。
蛭子さんの場合、たまたま番組の企画で認知症ってわかってよかったとおもいますが・・・
認知症の母を観ていた経験者からすると、蛭子さんが認知症だからおかしなことを言っているとおもうこともなく、ギャグでやってるのかくらいの気持ちで観ていたので、今日も観ながら、認知症せい?それとも老人ボケ?のどっちなのって何回おもったことか。
お医者さんなんかに言わせると、もっと早く治療すれば進行が遅くなったのにって言われることがあるという話しを聞くことがあるんですが、初期って見つけるの本当に大変だと私は思います。
(注)
『主治医が見つかる診療所』と『「太川蛭子のバス旅2019』の収録日に誤差が生じていることと、母と蛭子さんの認知症の原因が違うことや、認知症の進行度も人によって異なるので一概に比較することはできませんが、認知症の家族をみてきた者のひとつの考えとして聞いていただければ幸いです。
2020年03月24日
家庭環境も加味して優先順位を考えよう
金スマの続きです。
Aさんですが、自転車のことがあってから、家族としては施設にお願いをしていたいうことで、あちこち探したが、若いし軽度の認知症ということで断られ続けたという話しがありました。
確かに、デイサービスも空きがあるようで空きがない状態なので、重度の高齢者が優先になるのは仕方がないっていう気持ちもわかりますが・・・
そうなると、Aさんのように、まだ学校に行く子供がある家庭の場合、どうするかっていう問題が生じるわけです。
そこで、私の母の時と比べてみたのですが・・・
私の母が認知症になっても、しばらくの間、父は仕事をしていましたが仕事をしなきゃ食べていけないわけじゃなくて・・・
母が、デイサービスで預かってもらえる間、父なりのリフレッシュとボケ防止のために仕事をしていたということなので、仕事をせずに自宅で母を見ることも可能だとおもえるんです。
そう考えると、仕事をしなくても食べていけて、体力がある高齢者の方なら、デイサービスを利用せずに自宅介護でも可能だとおもうんですが・・・
父の場合は、高齢で、母を385日、24時間見るのは大変になったので、デイサービスにお願いすることになったわけなんです。
Aさんの場合も若いとは言っても、認知症で物忘れが起こるっていう話しになると、火の元の心配もしなきゃいけないし、どこからか出ていって帰ってこなくなってしまうなど、いろんなことが起こる可能性があります。
そう考えると、家にひとり残して仕事に行くわけにはいけない。
収入がないからご飯も満足に食べられなくなったり、子供を学校に行かせることができなくなったりするわけで・・・
重度の高齢者優先ていうのもわかるけれど、家庭環境を加味した柔軟な受け入れ態勢をとってほしいと思います。
本日の前繋がりの日記(2020年03月23日)はこちらから
Aさんですが、自転車のことがあってから、家族としては施設にお願いをしていたいうことで、あちこち探したが、若いし軽度の認知症ということで断られ続けたという話しがありました。
確かに、デイサービスも空きがあるようで空きがない状態なので、重度の高齢者が優先になるのは仕方がないっていう気持ちもわかりますが・・・
そうなると、Aさんのように、まだ学校に行く子供がある家庭の場合、どうするかっていう問題が生じるわけです。
そこで、私の母の時と比べてみたのですが・・・
私の母が認知症になっても、しばらくの間、父は仕事をしていましたが仕事をしなきゃ食べていけないわけじゃなくて・・・
母が、デイサービスで預かってもらえる間、父なりのリフレッシュとボケ防止のために仕事をしていたということなので、仕事をせずに自宅で母を見ることも可能だとおもえるんです。
そう考えると、仕事をしなくても食べていけて、体力がある高齢者の方なら、デイサービスを利用せずに自宅介護でも可能だとおもうんですが・・・
父の場合は、高齢で、母を385日、24時間見るのは大変になったので、デイサービスにお願いすることになったわけなんです。
Aさんの場合も若いとは言っても、認知症で物忘れが起こるっていう話しになると、火の元の心配もしなきゃいけないし、どこからか出ていって帰ってこなくなってしまうなど、いろんなことが起こる可能性があります。
そう考えると、家にひとり残して仕事に行くわけにはいけない。
収入がないからご飯も満足に食べられなくなったり、子供を学校に行かせることができなくなったりするわけで・・・
重度の高齢者優先ていうのもわかるけれど、家庭環境を加味した柔軟な受け入れ態勢をとってほしいと思います。
本日の前繋がりの日記(2020年03月23日)はこちらから
2020年03月23日
『させていいのか』『させない方がいいのか』の線引き
金スマを観ていての感想の続きです。
ある日、会社から帰ってくるはずが反対方向に行ってしまい、迷子になりかけたところを家族が探しにいくという場面がありました。
この場面を観た人はどうおもいましたか?
ある方は、『認知症と言っても、まだ自転車通勤が出来るんだから自分でできることはさせてあげればいいのに』っておもう方がいる一方・・・
『なんで認知症なのに、ひとりで行かせるんだ』っていう人もいることだと思います。
えっ、私だったらどうするかって・・・
何も知らない時だったら、自転車通勤に限らず、家のなかでも危ないものは隠したりしていたと思いますが・・・
なぜ、何もしらない時だったらという言い方をしたかというと・・・
実は、介護の世界において、自分でできることは出来るだけ自分でしてもらおうという考え方があるのを母の介護の前から知っていたんです。
そんなこともあって、母に対して大甘に接していたことで、家から脱走するなど、何度も危ない経験をさせてしまったので、もう少し厳しくしてもよかったかなっておもうこともありますが・・・
逆に締め付けると、母の気持ちが相手に伝わらないって感じると淋しいかなって考えると複雑なきもちですね。
Aさんのご家族の場合も、認知症とはいえ、まだまだ自分でいろんなことが出来ていたので、自転車通勤を承知していたと考えれば、けして間違っているとはおもわないんですね。
ただ、正直、母の時のことを思いだしながら、本人にどこまでしてもらうかっていう線引きは本当に難しいと思いながら観ていました。
本日の前繋がりの日記(2020年03月21日)はこちらから
ある日、会社から帰ってくるはずが反対方向に行ってしまい、迷子になりかけたところを家族が探しにいくという場面がありました。
この場面を観た人はどうおもいましたか?
ある方は、『認知症と言っても、まだ自転車通勤が出来るんだから自分でできることはさせてあげればいいのに』っておもう方がいる一方・・・
『なんで認知症なのに、ひとりで行かせるんだ』っていう人もいることだと思います。
えっ、私だったらどうするかって・・・
何も知らない時だったら、自転車通勤に限らず、家のなかでも危ないものは隠したりしていたと思いますが・・・
なぜ、何もしらない時だったらという言い方をしたかというと・・・
実は、介護の世界において、自分でできることは出来るだけ自分でしてもらおうという考え方があるのを母の介護の前から知っていたんです。
そんなこともあって、母に対して大甘に接していたことで、家から脱走するなど、何度も危ない経験をさせてしまったので、もう少し厳しくしてもよかったかなっておもうこともありますが・・・
逆に締め付けると、母の気持ちが相手に伝わらないって感じると淋しいかなって考えると複雑なきもちですね。
Aさんのご家族の場合も、認知症とはいえ、まだまだ自分でいろんなことが出来ていたので、自転車通勤を承知していたと考えれば、けして間違っているとはおもわないんですね。
ただ、正直、母の時のことを思いだしながら、本人にどこまでしてもらうかっていう線引きは本当に難しいと思いながら観ていました。
本日の前繋がりの日記(2020年03月21日)はこちらから
2020年03月21日
昨夜の『金スマ』を観て
昨夜『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』の番組で『身近な人が若年性認知症になったら…』という話しをやっていたのを観ての感想を少しかかせてもらおうかと思います。
番組自体は1時間なので、全部書くのは大変なため、今日は番組前半分についてということで・・・
まず番組を観ていてびっくりしたのは、認知症になってから16年もたっているのに、これだけしっかりしていられるのかということでした。
私の母は、認知症の診断が下ってから8~9年くらいの間に、ひとりで歩けなくなったり、人と話しができなくなったことを考えると、これだけ自分でできるのかっておもうと驚くばかりでしたね。
ただ、母の場合は、昨夜の番組に出ていた人に比べると高齢だったっていうこともあるんでしょうが、若い人のほうが進行しやすいっていう話しもあるので、どっちがっていうことは難しいんですが・・・
認知症と言っても、あれだけ自分でやってもらえれば、手がかからなくてすむので有り難いとおもいたいところなんですが・・・
逆に危険もはらんでいるっていうことに繋がるわけです。
例えば、仕事に行くには自転車で通っていると言っていましたが、家に帰ることを忘れてしまったということで家族が迎えに行くなど不安材料がいっぱいあります。
母の場合も、気がつけば家から脱走をしたり、座っていたはずが、ちょっと目を離したすきにどこかに行ってしまったなど、いろんなことがありました。
母のことをおもいだすと、認知症を受け入れながら生活をしているとはいえ、大変なご苦労をしていることだと思います。
その他にも、認知症を遅らせる環境として、病気だからと言ってあまり気を使いすぎないっていう話しがありました。
確かに、認知症だからということで、本人が出来るのに危ないという理由でなんでも行動を制限してしまうと、考える力が落ちていくことに繋がり認知症が進むとも言われています。
そのせいか、デイサービスやショートステイでも自分でできることは自分でしてもらうっていう話しは聞いて知っていますが、どこまで見て見ぬふりをしていいかってさじ加減が難しいし・・・
この自分でできることは自分でしてもらうっていうことなんですが、介護士さんたちにとってはかなりの負担を背負うことに繋がるんですが、そのことについては、次の日記で・・・
番組自体は1時間なので、全部書くのは大変なため、今日は番組前半分についてということで・・・
まず番組を観ていてびっくりしたのは、認知症になってから16年もたっているのに、これだけしっかりしていられるのかということでした。
私の母は、認知症の診断が下ってから8~9年くらいの間に、ひとりで歩けなくなったり、人と話しができなくなったことを考えると、これだけ自分でできるのかっておもうと驚くばかりでしたね。
ただ、母の場合は、昨夜の番組に出ていた人に比べると高齢だったっていうこともあるんでしょうが、若い人のほうが進行しやすいっていう話しもあるので、どっちがっていうことは難しいんですが・・・
認知症と言っても、あれだけ自分でやってもらえれば、手がかからなくてすむので有り難いとおもいたいところなんですが・・・
逆に危険もはらんでいるっていうことに繋がるわけです。
例えば、仕事に行くには自転車で通っていると言っていましたが、家に帰ることを忘れてしまったということで家族が迎えに行くなど不安材料がいっぱいあります。
母の場合も、気がつけば家から脱走をしたり、座っていたはずが、ちょっと目を離したすきにどこかに行ってしまったなど、いろんなことがありました。
母のことをおもいだすと、認知症を受け入れながら生活をしているとはいえ、大変なご苦労をしていることだと思います。
その他にも、認知症を遅らせる環境として、病気だからと言ってあまり気を使いすぎないっていう話しがありました。
確かに、認知症だからということで、本人が出来るのに危ないという理由でなんでも行動を制限してしまうと、考える力が落ちていくことに繋がり認知症が進むとも言われています。
そのせいか、デイサービスやショートステイでも自分でできることは自分でしてもらうっていう話しは聞いて知っていますが、どこまで見て見ぬふりをしていいかってさじ加減が難しいし・・・
この自分でできることは自分でしてもらうっていうことなんですが、介護士さんたちにとってはかなりの負担を背負うことに繋がるんですが、そのことについては、次の日記で・・・
2019年10月26日
自分でみてあげたい気持ちはわかるけど
母の認知症などについて書いてきましたが、いままでかいたことを少しまとめてみたいと思います。
実は、日記上では、介護認定をとって介護サービスを受けているにもかかわらず、家から脱走したり、自分で勝手にタクシーに乗って帰ってきたりするなど、お父さんは、家族と話し合いをしてないのって思いながら読んでいる方も多いのではないでしょうか。
日記上なので、こと細かに書くと長くなってしまうのでざっくりとしか書けなかったのですが、そのことについてもう少しかこうと思います。
父の考え方としては、介護サービスを利用するにしても、出来るだけ家族でみてあげたいという気持ちから、はじめのうちは介護サービスを利用する回数を上限よりも少なくしていたんです。
その気持ちはわかるんですが、その分、父への負担は大きくなっていくわけです。
現に、見きれていなかったことが、母の2度にわたる脱走劇にも繋がったとも考えられるので、父に「もう少し介護サービスを利用するようにしたらどうだろう」と言っても、「俺がみるからいい」と聞く耳を持たず。
私も、母のことをみてあげたいんですが、仕事は父とやっていても、両親と同居しているわけではないので、こまめにみてあげることが出来ないため、父への負担が大きくなっていくわけで・・・
そうなると、どうなるか・・・
ストレスが溜まり、イライラするようになって、こちらにあたり散らしたり、こちらが「こうしたら」と言っても、「お前は何もしないで言いたいことだけ言って」など、喧嘩まがいな話し合いになるばかり・・・
そうなると、手も口も出しようがなくなってくるんですよね。
本来なら、そうなる前に家族でいろいろ話し合えば、同居していなくても家族で出来る範囲の協力をすることも可能なんですが、イライラがマックスになっちゃうと、家族とはいえ、話しをしようともなかなか聞く耳をもたなくなるもので話し合いにならず・・・
こういう話しって、私のところだけじゃないみたいなんですが、せっかく家族が協力しようとおもっても、なかなかうまくいかなくなっちゃうもんなんですが、そうは言っても、ひとりではみきれないですからね・・・
じゃあ、どうするかっていう話しになるんですが、長くなってしまうので、次の日記で書くことにします。
実は、日記上では、介護認定をとって介護サービスを受けているにもかかわらず、家から脱走したり、自分で勝手にタクシーに乗って帰ってきたりするなど、お父さんは、家族と話し合いをしてないのって思いながら読んでいる方も多いのではないでしょうか。
日記上なので、こと細かに書くと長くなってしまうのでざっくりとしか書けなかったのですが、そのことについてもう少しかこうと思います。
父の考え方としては、介護サービスを利用するにしても、出来るだけ家族でみてあげたいという気持ちから、はじめのうちは介護サービスを利用する回数を上限よりも少なくしていたんです。
その気持ちはわかるんですが、その分、父への負担は大きくなっていくわけです。
現に、見きれていなかったことが、母の2度にわたる脱走劇にも繋がったとも考えられるので、父に「もう少し介護サービスを利用するようにしたらどうだろう」と言っても、「俺がみるからいい」と聞く耳を持たず。
私も、母のことをみてあげたいんですが、仕事は父とやっていても、両親と同居しているわけではないので、こまめにみてあげることが出来ないため、父への負担が大きくなっていくわけで・・・
そうなると、どうなるか・・・
ストレスが溜まり、イライラするようになって、こちらにあたり散らしたり、こちらが「こうしたら」と言っても、「お前は何もしないで言いたいことだけ言って」など、喧嘩まがいな話し合いになるばかり・・・
そうなると、手も口も出しようがなくなってくるんですよね。
本来なら、そうなる前に家族でいろいろ話し合えば、同居していなくても家族で出来る範囲の協力をすることも可能なんですが、イライラがマックスになっちゃうと、家族とはいえ、話しをしようともなかなか聞く耳をもたなくなるもので話し合いにならず・・・
こういう話しって、私のところだけじゃないみたいなんですが、せっかく家族が協力しようとおもっても、なかなかうまくいかなくなっちゃうもんなんですが、そうは言っても、ひとりではみきれないですからね・・・
じゃあ、どうするかっていう話しになるんですが、長くなってしまうので、次の日記で書くことにします。
2019年10月23日
認知症の母、2度目の脱走
1度目の脱走は家に居た時のことでしたが、2度目の脱走は、父の会社(町工場)に母を連れて行ったときのことです。
その時も、私は父の会社(町工場)で一緒に仕事をしていました。
この日、母はディサービスに行く日ではなかったので家に居たため、父は家で母と一緒にいましたが、私がどうしても会社からでることになったので、父に代わりに会社に来てもらうことになったわけです。
当然、家に母をひとり残して来るわけにはいかないので、父が母を車に乗せて会社にきました。
私は、父と交代するように会社を出たのですが、しばらくたつと私の携帯が鳴るので、電話に出てみると父からで「ちょっと目を離した隙に母がいなくなった」ということでした。
どこで居なくなったかって聞くと、事務所の椅子に座らせて入り口のドアの鍵はかけていなかったけれど、ドアは閉めてあったとのこと。
すぐに帰りたい気持ちはあったんですが、まだ仕事の打ち合わせ中で帰るわけにはいかず・・・
会社に戻ったのは、電話が来てから1時間ほどたったころだと思いますが、まだ見つかっていませんでした。
あちこち探しまくった結果、会社から150m~200mあるかないかのところの家の方に保護されていたので ホッとひと安心。
私が帰るまで、父の頭の中では「認知症なんで、そう遠くには行ってないだろう」と言うことで近所を探していたらしいんですが、認知症なのに、よく歩いたものだと関心しちゃいました。
しかも、結構、入り組んだ道を歩いていたので、認知症の人なら行かないだろうとおもって、はじめは探さないでいた通りの家で保護してもらっていたんですから、そりゃー、見つからないですよ。
認知症とはいえ、少なからず自分で歩ける場合、無意識に歩いて行ってしまうので、目が離せませんよ。
その時も、私は父の会社(町工場)で一緒に仕事をしていました。
この日、母はディサービスに行く日ではなかったので家に居たため、父は家で母と一緒にいましたが、私がどうしても会社からでることになったので、父に代わりに会社に来てもらうことになったわけです。
当然、家に母をひとり残して来るわけにはいかないので、父が母を車に乗せて会社にきました。
私は、父と交代するように会社を出たのですが、しばらくたつと私の携帯が鳴るので、電話に出てみると父からで「ちょっと目を離した隙に母がいなくなった」ということでした。
どこで居なくなったかって聞くと、事務所の椅子に座らせて入り口のドアの鍵はかけていなかったけれど、ドアは閉めてあったとのこと。
すぐに帰りたい気持ちはあったんですが、まだ仕事の打ち合わせ中で帰るわけにはいかず・・・
会社に戻ったのは、電話が来てから1時間ほどたったころだと思いますが、まだ見つかっていませんでした。
あちこち探しまくった結果、会社から150m~200mあるかないかのところの家の方に保護されていたので ホッとひと安心。
私が帰るまで、父の頭の中では「認知症なんで、そう遠くには行ってないだろう」と言うことで近所を探していたらしいんですが、認知症なのに、よく歩いたものだと関心しちゃいました。
しかも、結構、入り組んだ道を歩いていたので、認知症の人なら行かないだろうとおもって、はじめは探さないでいた通りの家で保護してもらっていたんですから、そりゃー、見つからないですよ。
認知症とはいえ、少なからず自分で歩ける場合、無意識に歩いて行ってしまうので、目が離せませんよ。
2019年10月21日
認知症の母、1度目の脱走
認知症の母がひとりで出かけ、帰って来なくなって捜索したという日記を書きましたが、もう少しくわしく書こうと思います。
まだ、父が会社(町工場)をやっていた時のことです。
ついでの話しになりますが、この話の頃は、私も父と一緒に仕事していた時の話しです。
この日、母はディサービスに行かない日だったこともあり、母ひとりで家に残して会社(工場)に来るというわけにはいかないので、父と1日中、家にいた時のことです。
父が夕方、ちょっと裏庭に出て、用事をしていた隙にでて行ってしまったという事件がありました。
認知症の母が歩けるにしても、そんなちょっとした時間に玄関から出かけられるわけはないんですが、父がそういうのでちょっとした隙に出て行ってしまったということにしておきますが、認知症で、自分ひとりで食事や着替えなどが出来ないのに、なにをおもったか、靴を履いて玄関の鍵をあけて出ていったわけです。
実は、認知症の人でも、昔のことはよく覚えているので、家の鍵も無意識にあけて出て行ってしまう可能性があると聞いていたので、父に「母の手のとどこかないところにもうひとつ鍵をつけた方がいいのに」って何度もいったことがあるのですが・・・
父は「そんなことしなくても大丈夫」と言って、私の言うことには聞く耳を持たず。
結果、家から脱走してしまったわけです。
幸い、近所で保護していただいたので事なきを得ましたが、自分ひとりで食事や着替えなどが出来なかったり、介助が必要とは言っても、とりあえず歩けるとなれば「火事場のばか力」じゃないけれど、凄いことですよ。
実は、この鍵についての話しなんですが、ショートスティに行っていた時にも、いろんな話しが聞けたので、後々、お話しさせていただくことにしますが、軽く考えていると大変なことになっちゃう可能性があります。
まだ、父が会社(町工場)をやっていた時のことです。
ついでの話しになりますが、この話の頃は、私も父と一緒に仕事していた時の話しです。
この日、母はディサービスに行かない日だったこともあり、母ひとりで家に残して会社(工場)に来るというわけにはいかないので、父と1日中、家にいた時のことです。
父が夕方、ちょっと裏庭に出て、用事をしていた隙にでて行ってしまったという事件がありました。
認知症の母が歩けるにしても、そんなちょっとした時間に玄関から出かけられるわけはないんですが、父がそういうのでちょっとした隙に出て行ってしまったということにしておきますが、認知症で、自分ひとりで食事や着替えなどが出来ないのに、なにをおもったか、靴を履いて玄関の鍵をあけて出ていったわけです。
実は、認知症の人でも、昔のことはよく覚えているので、家の鍵も無意識にあけて出て行ってしまう可能性があると聞いていたので、父に「母の手のとどこかないところにもうひとつ鍵をつけた方がいいのに」って何度もいったことがあるのですが・・・
父は「そんなことしなくても大丈夫」と言って、私の言うことには聞く耳を持たず。
結果、家から脱走してしまったわけです。
幸い、近所で保護していただいたので事なきを得ましたが、自分ひとりで食事や着替えなどが出来なかったり、介助が必要とは言っても、とりあえず歩けるとなれば「火事場のばか力」じゃないけれど、凄いことですよ。
実は、この鍵についての話しなんですが、ショートスティに行っていた時にも、いろんな話しが聞けたので、後々、お話しさせていただくことにしますが、軽く考えていると大変なことになっちゃう可能性があります。
2019年10月19日
軽度と言っても目を離すと大変
初期の認知症の母がタクシーとは言え、自分で帰ってきた話は、以前、日記に書きましたが、その後、認知症のが進行して行ったら、どうなったかということです。
2019年09月24日の日記にも書きましたが、認知症が進行するにしたがって、「外出しても自力で帰宅できない」状態になっちゃったんですね。
認知症の診断が出たころは、自分で返ってきたんですが、段々、記憶力が落ちていくせいか、私が知っているだけでも、2回捜索したことがあります。
この2回捜索したことについては、後日、日記にしますが焦りましたよ。
その他に、他人から聞いた話しなんですが、認知症で話はできなくなったけれど、ひとりで歩ける時のことです。
当時、父は自営で仕事をしていたんですが、母がディサービスに行かない日に父が仕事先に出かけることになった時に、母も一緒に車に乗せて行ったときのこと。
母を車の中に置いたまま、仕事先で打ち合わせをしていたら、母がその会社の工場内をうろうろしてたっていうからびっくり。
こんな話しすると、「また~、おおげさに」っていう人がいるんでしょうけれど、その会社の数人からの情報なので間違いはないとおもいます。
とにかく、目を離したすきにどっかに行っちゃっても自分で返ってきてくれればいいんですが、症状が進行していくと自力で返ってこれなくなる可能性があるんで、介護している人たちにとっては、目が離せなくなるから精神的にもたいへんだと思います。
2019年09月24日の日記はこちらからご覧になれます。
認知症の母がタクシーで帰ってきた日記はこちらからご覧になれます。
2019年09月24日の日記にも書きましたが、認知症が進行するにしたがって、「外出しても自力で帰宅できない」状態になっちゃったんですね。
認知症の診断が出たころは、自分で返ってきたんですが、段々、記憶力が落ちていくせいか、私が知っているだけでも、2回捜索したことがあります。
この2回捜索したことについては、後日、日記にしますが焦りましたよ。
その他に、他人から聞いた話しなんですが、認知症で話はできなくなったけれど、ひとりで歩ける時のことです。
当時、父は自営で仕事をしていたんですが、母がディサービスに行かない日に父が仕事先に出かけることになった時に、母も一緒に車に乗せて行ったときのこと。
母を車の中に置いたまま、仕事先で打ち合わせをしていたら、母がその会社の工場内をうろうろしてたっていうからびっくり。
こんな話しすると、「また~、おおげさに」っていう人がいるんでしょうけれど、その会社の数人からの情報なので間違いはないとおもいます。
とにかく、目を離したすきにどっかに行っちゃっても自分で返ってきてくれればいいんですが、症状が進行していくと自力で返ってこれなくなる可能性があるんで、介護している人たちにとっては、目が離せなくなるから精神的にもたいへんだと思います。
2019年09月24日の日記はこちらからご覧になれます。
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